サルに涙する——
「込められた意味」をCOLUMNで紐解く
伝説のポップスターであるロビー・ウィリアムスをサルの姿で描く。その斬新なアイデアで主人公を魅力的に見せることを可能にしたのは、第97回アカデミー賞視覚効果賞にもノミネートされた視覚効果界のドリームチームともいえるアーティストたちだった。
監督マイケル・グレイシーはシドニーで視覚効果の仕事を始めた10代の頃からいつの日か『ロード・オブ・ザ・リング』のゴラムや『猿の惑星』のシーザー、『アバター』のアバターといった象徴的なデジタルキャラクターを生み出した、世界最高峰の視覚効果技術を誇るWētā FX社とコラボレーションすることを夢見ていたという。制作初期に、2Dデザインとコンセプト・アートを手にしたグレイシーは、Wētā FX社のエグゼクティブVFXプロデューサー、デヴィッド・コンリーに自分のヴィジョンを売り込んだ。脚本とグレイシーの意欲の両方に感銘を受けたコンリーは、このプロジェクトを受け入れただけでなく、主要な音楽シーンを事前に3Dで視覚化(音楽シークエンスの3Dプリビズ化)、グレイシーのデザインを実物そっくりの3Dキャラクターに変換する作業にも協力した。本作に対するWētā社の情熱と揺るぎない信念は、最終的にこの映画を製作するためにメルボルンにスタジオを設立するところまでつながっている。
監督マイケル・グレイシーは語る。「Wētā FX社のアーティストの方々には本当にお世話になりました。彼らは、感情的なリアリズム、歌とダンスという点で、信じられないほどユニークな主人公作りに、これまでの経験を活かしてくれました。これらすべてを網羅したデジタルキャラクターは今までいなかったと思います。私の意見では、本作彼らがこれまでに手がけた中でも最高傑作であり、彼らの情熱はこの作品に非常によく表れていると感じています。私たちは、限界に挑戦し、観客がこれまで見たことのないようなことに挑む人材に恵まれました。信じられないほど現実的な設定の中で、真にファンタスティックなものを創り上げることができたのは誠に素晴らしいことでした」
「マイケル・グレイシーとの仕事は最高でしたね」とミラーは賛辞を返す。「彼は視覚効果の分野において輝かしいキャリアを誇っています。映画制作と視覚効果がどのように調和するかという点で我々が直面した課題を非常によく理解してくれました。驚くほど協力的で、クリエイティブで、決して妥協はしません。非常に協力的な環境のもと、とても良い共生関係を築くことができました」
さらにミラーは、『BETTER MAN/ベター・マン』の独自性は、スクリーン上におけるデジタルキャラクターの描かれ方にあると説明する「まるでジェットコースターのように激しくうごめく人間のあらゆる感情をデジタルキャラクターで表現した映画は、これまでひとつも思いつきません」とミラーは言う。「これまでは、スーパーヒーローやアドヴェンチャー、ファンタジーといったジャンルの映画にこうしたキャラクターを登場させるのが一般的でした。本作のように地に足のついた厳しい現実で描かれることが今までなかったことも我々の意欲に火がついた理由のひとつでした」
ロビー・ウィリアムスという特殊な人格を持つサルを作るにあたって重要だったのは、キャラクターがコミカルにならないようにすることだった。「人間化されたキャラクターや動物は、すぐに子供向けやアニメ映画の領域に入ってしまいますが、今回はパワフルで感情的で、何よりリアルである必要があったのです」とミラーは述べる。「このキャラクターは様々なことをやります。そして、それらすべてがコミカルにならず、私たちが求める見せ方、そして正しく物語を伝えるためには非常に綿密に考える必要がありました」
ありがたいことに、これまでにWētā社は様々な映画作品で数多くのサルを制作してきたことから、しっかりとした土台のもとに本作に着手することができた。「それでも本作のために新たに取り入れたい技術や、アイデア、ビジュアルがありました」とテイラーは言う。「そして、このサルのロビーは、若い時も大人になってからも、おそらく100着ほどの衣装を着ましたし、ヘアスタイルもさまざまで、カメラの前で髪を剃りもしたのです。どれもやったことのない手探り状態だったので非常に興奮しました」
ロビー・ウィリアムスの動きを撮影するために本人も撮影には協力した。クリエイティブチームによるとロビーは自らの動きを撮影するために、モーションキャプチャーの衣装を見事に着こなし、楽しんで演じたという。「ロビーはマジックテープを使ってLED回線を張り巡らせたグレーのボディスーツを着用しなければなりませんでした」とミラーは説明する。「大きなブーム付きのヘルメットを被り、顔面には50個のマーカーが付けらました。ロビーは非常に要領を得ていました。その点でも彼は我々がこれまで一緒に仕事をした中で最も楽な人のひとりでしたね」
「ロビーは大の映画ファンで、舞台裏の映像もよく見て知っていたこともあり、どういうプロセスがあるのかをすでに知っていました」とテイラーは言う。「私たちはモーションキャプチャースーツとモーションキャプチャーのフェイシャルシステムの基本について説明しましたが、彼はそれを素直に受け入れてくれました。彼はチームの一員となり、演技の一部となることにも非常に熱心でしたね。とても素晴らしかったです」
ロビー役を演じたジョノ・デイヴィスはモーションキャプチャーのプロセスにもすでに慣れていたうえに、新たな追加要素にもすぐに慣れた。彼は2台の広角カメラを前面に取り付けたブーム付きヘルメットを被り、プラスチックマスクに転写する前のテストを行うために顔面にドットを張り付けたのだ。このプラスチックマスクは役者の顔をスキャンして印刷したもので、顔面に正確にフィットし、その後のシーンで正確な配置ができるようになっている。「ブームに取り付けられた2台のカメラは、演技中のジョノの顔を常に撮っているのです。そうすることで演技中のドットの動きを追ったり、ドット同士の動きがアニメーションのフェイシャルマスクと連動して動きを再現することができたのです」。
デイヴィスは動作やカメラの動きに細心の注意を払うことが求められた。さらに常にちゃんとした演技ができているかを確認する必要があった「モーションキャプチャースーツを着て、ヘッドブーム付きのヘルメットを被りながら、目線を把握すること(周辺視野が変わるから)に慣れる必要がありました。マイケルに言われたのは、他の役と同じように、相手役と心を通わせ、そのシーンで何が重要で何を演じるべきかを考えることが大事だということでした。というのも、僕の演技の上にサルの型紙をかぶせるからです。アニメーターが新しい感情を描いたり、新しい表情を作ったりすることはありませんでした。大きな責任に興奮しましたし、自分の役に対して安心感が生まれました。撮影現場にはメインカメラ以外に、少なくとも40台のカメラが常時設置されて僕のやることすべてを撮影していました」
世界最高峰の視覚効果技術を誇るWētā FX社と世界中を虜にした新進気鋭の監督マイケル・グレイシー、そして演じたキャストの情熱が、未だかつてない、斬新かつ美しく、心揺さぶられるミュージカル・エンターテイメントを生み出した。
今作の監督であるマイケル・グレイシーはこの映画を作り上げるにあたり、自分たちが素晴らしい物語を持っていることを自覚しつつ、それを斬新な方法で表現しなければならないというプレッシャーを感じていた。
「物語もオリジナリティに溢れていますし、ロビー自身も唯一無二の人物です。そこで物語の描き方、撮影手法、どこにどういう風にスポットライトを当てるかという点においても、クリエイティブでユニークなものにしたかったのです」
グレイシーはロビーに会いに行く毎に、彼が何度も自身のことをサルと表現することに注目した。そしてその会話の中で、彼をサルとして描くアイデアが生まれた。
「ロビーは、『僕はサルのように後ろで踊っている』とか、『僕は完全に心ここにあらずだったのに、まるでサルのようにパフォーマンスするためにステージに引っ張り上げられた』などと口にするのです。しばらくしてから、"それならばいっそのこと、映画の中のロブをサルとして描くのがいいのではないか?"と思ったのです。何しろ当時のインタビューで彼は実際に自分のことをサルのように捉えていたのですからね」
例えば目の前にロックスターが現れると、その場のエネルギーは一変して、まるですべてが彼らを中心に回っているように感じることがある。グレイシーはサルにも同じように人を魅了する強烈さがあることに気づいた。
「あるシーンにサルを登場させると、彼が何も話していなくてもついつい引き寄せられてしまうものです。それはスターであることの定義と似ていると言える。我々はその人から目が離せなくなるのです。だから私にとっては、劇中に登場するサルは単にロビーが自分自身を見る姿としてではなく、すべてのシーンに目が離せない本物のスターを作り出すというもうひとつの要素があるのです。Wētā FX社の視覚効果技術でこの映画の主役を創り上げたが、彼らの仕事ぶりと情熱は、私がこれまで見た中で最も感動的なものでした。ロブは有名になる遥か昔から、そこにいるだけでいつも注目の的になる存在でしたから」
ロビーをサルとして描くクリエイティブな選択から想定外に生まれたもうひとつの利点は、スクリーンの中で動物たちが困難に立ち向かう姿を見る時の人間の自然な反応だった。
「私たちの心は無邪気な動物たちの姿に引き寄せられますよね。動物が苦しんだり、傷つく姿を見ると胸が痛むものです。だから、サルに見立てたロビーが自分自身を傷つけたり、何かに絶望する状況といった苦痛を感じる辛い瞬間を見ることに強く気持ちをかき乱されてしまう。彼への思いがより一層強くなるのです」
人間誰もが抱えている自身のコンプレックスをサルで表現する。この斬新な手法を通し、グレイシーは観客に感じてほしいことがあると語る。
「他の何者とも明らかに違う世界で様々な経験する一匹のサルの姿を見守ることに、我々は本能的なものを感じるのです。そしてひとりの観客としてそのサルに共感を覚える。というのも、とどのつまり我々は皆、自分と他者の間に違い感じ、自分が本当は何者なのか自問自答しているからです。特に10代の頃は鏡に映る自分を見て、『自分はこれじゃない、あれでもない』と思うものです。だから、ロビーがサルというキャラクターを通じて、自分が何者であるかに苦悩する様子はとても親しみやすく、素晴らしいアイデアになりました」
人間誰もが抱えている自身のコンプレックスをサルを通して表現する。グレイシーの斬新なアイデアが、観る者に共感を生み、そして最後には感動の渦に包みこむ―